アドバイスは君のために

 

人を思いやった結果、アドバイスをする。

 

 

悩み相談を受けたとき、失敗談を聞かされた時、

 

「こうした方がいいんじゃない?」

 

「こういうやり方ももあるよ」

 

などと軽く、言ってみたりすることもある。

 

これには勇気がいる。下手したらモメるからだ。

事情をちゃんと聞き、本当に相手のことを考え、その結果「言おう」となった時しか言えない。

ある日から僕にとってアドバイスは、それくらい重い行為になった。

 

 

◇◇

 

 

「彼氏と別れたからさー今日飲み会開いてよー」

 

 

人もまばらな21時ごろ、湯川さんが僕のデスクに来た。

 

湯川さんは美人だ。元々モデルをやっていたらしい。

なぜこんなゴミ会社に急に入ってしかもそこそこの役職を得たのか色々悪しき想像もするが、外見と人柄が良く、普通に仕事も出来るので好かれていた。


「湯川さん別れたんですか!?」


浜田がカットインしてきた。まだ俺が返答すらしてないのにカットインしてきた。

 

浜田は私の部下だ。部下が入れ替わり立ち替わるこの会社で、誰も受け入れないからずーっと俺の部署にいる男だ。俺だって別に受け入れてない。

 

コイツは「そういうルーチンなの?」って思いたくなるくらい1日1回ミスをする。得意先の携帯電話にFAXを送り続けたり、社外秘のメールを一斉送信したりと、部下として存在するだけでリスクを孕み続けることになる。それが浜田。

仕事はそんな感じで、人柄も別にあんまよくないので普通にみんなから嫌われていた。

 

「そうなのー。というわけでマキヤさん、集めといて! ただ私が愚痴るだけの会!」

 

残業でフロアに残っていた人に適当に声をかけた。湯川さんからメールで「浜田君は大丈夫!」って来てたのでちゃんと声をかけなかったんだけど、「僕、湯川さんのこといいなと思ってたんですよね」って言って付いてきた。

 

「これ、飲み会誘われたってことはチャンスですよね」

 

とも言ってた。誘われてないのに言ってた。

 

 

そんなわけでぞろぞろと、6人くらいで居酒屋に移動した。

 

 

◇◇

 

 

「みんなマジでありがとねー今からずっと愚痴るけど聞いてねー!」

 

乾杯もそこそこに、湯川さんは元カレとの思い出を語りだした。

要約すると元カレはわりと時間やお金にルーズだったらしく、湯川さんはそれに嫌気がさしたとのことだった。

 

「完全に冷めて私から別フッたから全然引きずってるとかないんだー結構記憶からも消えてるしー」

 

湯川さんはそう言った。引きずっている様子は本当に全く無い。じゃあなぜ俺らを集めたんだとなるが、誰かに話したい夜もあるのだろう。

 

女性社員は同調し、男性社員はちょっと冗談を言ったりしながら過ごした。

彼女にとってきっと、過去の傷にすらならないだろうと感じるくらい、カラッとした飲み会だった。

 

「そんな感じでフッた! 以上!」

 

湯川さんは話し終えた。この人は話すのが上手くて、普通に笑ってしまうくらいの冗談を交えつつ話してくれるので楽しく聞けた。

 

話も終わりみんなで2杯目を注文し始めたその時、浜田が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「そんな最低男、別れて正解ですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

違くない?

 

そういうのじゃなくない?

 

君、アドバイスしようとしてない?

 

 

 

 

 

「僕、湯川さんは絶対いつか別れると思ってました!」

 

 

 

 

 

それはお前の願望だ。

 

彼氏の話初めて聞いたんだから、ただ湯川さんに失礼なだけじゃないか。

 

 

 

 

「100%忘れられるように、どこか遊びに行きませんか?」

 

 

 

 

それが今の飲み会なんじゃないか?

 

 

 

湯川さんは「うるさっ」とだけ言って、それから浜田と話すことはなかった。

 

 

◇◇

 

 

帰り道、浜田と歩きながら湯川さんに謝罪のメールをした。

 

「今日ほんとありがとー!浜田すごいね!」みたいな返信が来たのでまあ大丈夫そうだなと思っていたら、浜田がこっちを見て言った。

 

 

 

「一杯だけ付き合ってください」

 

 

 

終電も近く、明日も仕事で早いので普通に嫌だったが、しょんぼりしてるし、明日の仕事に影響出たら嫌だしなあ……。

 

 

……

 

 

ん?

 

いや、なんで?

 

なんでしょんぼりしてんのコイツ? どこに勝算があった?

 

仕事にも出ねえよ影響。いつも最低のパフォーマンスだわ。

 

「帰るわ」

 

僕は帰ろうとした。

彼は僕の進路をふさぐように立ちはだかって、まくしたてた。

 

「お願いします!このままでは帰れないです!1杯だけ、1杯だけ行きましょう!1杯だけ!」

 

新宿の喫煙所前はナンパが横行している。そいつらに混じって同じように呼び止められた。


「家で暗い気持ちになるので!お願いします!もちろん僕が払うので!20分くらいなので!」

 

すごい。すごい押しだ。なぜ普段の営業の仕事でそれが出来ないんだ。

 


「……20分で帰るからな」

 


折れて、適当な居酒屋に入った。

 

 

 

「ほんと、軽く一杯だけなので」

 

「わかったよ。すみません店員さーん」

 

「ご注文をどうぞ」

 

「レモンサワー1つ、浜田は?」

 

 

 

 

「アイスコーヒーを1つ」

 

 

 

 

 

そんなことある???

 

軽く一杯が思ってた何倍も軽い。

 

 

 

「あと軟骨の唐揚げと、角煮釜めしください

 

 

 

俺は本当に20分で帰れるのか?

 

 

 

不安にな時は進む。

 

愚痴る浜田に湯川さんは諦めなさいと諭していたら、

 

 

「もっとマキヤさんは、サポートとかした方がいいと思うんですよね」

 

 

って俺にまでなんか変なアドバイスをしてきた。

 

 

アドバイスは相手のために行うものだ。

決して自分の為に行ってはいけない。

 

SNSを見ていると

「言った自分が気持ちいいから」

という理由としか思えないアドバイスをよく見かけるが、それもダメなのだ。

 

アドバイスとは相手のことを考えて、うまく向き合っていこうと、強く思った。

 

 

 

 

「浜田は多分、自分に合う宗教とかに入った方がいいよ」

 

 

 

 

僕は浜田のことを本気で考えて、そう言った。

 

 

 

(END)

 

 

 

文 : マキヤ

 

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